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【読書感想文】初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

そこそこ話題になってたのでタイトルだけは知っていたものの、
個人的には大して読む気のなかった本書ですが、
オタク文化ポップカルチャーについて書いてある本ではなく、
「音楽」を切り口に書かれた本だということを耳にしてちょっと興味が沸いたので、
せっかくだからGW中の空いた日を利用して読むことにしました。

概要

上述もしましたが、本書はオタク文化ポップカルチャーという面からの本ではなく、
純粋に「音楽」という切り口から初音ミクが世間(≒世界)にもたらした影響を書いている本です。
著者は音楽雑誌『ROCKIN’ON JAPAN』とかの編集をやってた方なので、
特に前半はかなりしっかり音楽について書いてありました。

読む前はだいたい2時間くらいで読めるかなぁと思っていたのですが、
実際読んでみると予想より読み応えがある内容だったため、結局3時間半くらいかかってしまいました。
そのくらい面白かったです。

以下に感想をずらっと書きますが、文章構成力の無さによりちょっと長めの箇条書きみたいになっています。
1つ1つの内容がぶつ切りですが、箇条書きだと思って読んでもらえると助かります。

60年代のロック、00年代のボカロ

本書の冒頭で書かれているのは、初音ミクが産まれた2007年当時の、
日本の音楽シーンの状況についてです。

90年代と比べてCDのセールスは圧倒的に下がり、
そしてその原因はコンピュータとインターネットの普及にあると思われていた、
無料でコピーなんかされたら有料のものが売れるわけが無い
と考えられていた時代についてです。

当時、日本の音楽業界はCDのコピーやダウンロードをひたすら取り締まり、
とにかく既存の音楽を守ろうとしました。

世界ではレディオヘッドが「値段は聴いた人が決める」というような売り方をしたりもしていましたし、
「音楽だけではもはや売れない。ライブやコンサートなどの体験を売らないと」
という考え方もあったりしましたが、
それも結局は既にある程度のネームバリューがあるアーティストや、資本力のある大手レコード会社にしかできないことで、
草の根から新しいものが産まれてきて、新しい市場ができるなんてことは考えられていませんでした。

そして著者は、初音ミクはそうした閉塞感を打開するべく、
産まれるべくして産まれた、いわば音楽史の必然だったと述べ、
60年代のロック、80年代のクラブミュージックと並べて00年代の初音ミクがあると書いています。

僕自身、00年代にニコニコでボカロばっかり聴いてた当時、
「これは親世代でいうロックにあたるもので、今、父親がビートルズストーンズを聴いているように、
 僕も大人になってもきっとボカロを聴いているんだろうな

と思っていたので、かなりしっくりくる考え方でした。

本書の最後の方では、

ロックやテクノのブームが終わり、熱が冷めても音楽は残った。
ボーカロイドも同じように、日常の音楽の1つとして確立されたのだ。

というようなことが書いてあります。

ほんとにその通りで、今では少なくとも僕の中でボカロの熱は冷めましたが、
それでも日常の音楽の1つとして、僕の中にすっかり溶け込んでいるなと思います。

ボーカロイド」はジャンル?

本書でロックやテクノと並べられている初音ミクですが、そもそもボカロってジャンルなんでしょうか?
「ボカロはジャンルじゃないよ。ただの楽器だよ」
みたいな意見はたくさんありますし、個人的にもこれまでずっとその意見に賛成でした。

「ジャンルっていうのはロックとかテクノとかジャズとかのことで、
 ボカロはどのジャンルの曲でも表現できる楽器だよ」っていうやつです。

ただ、本書を読んで思ったのですが、そもそも「ジャンル」ってなんでしょう?

僕は、たぶんジャンルっていうのはただの後付けで、もともとはムーブメントだと思うんです。
ロックはロックで当時の時代背景などから必然的に産まれたもので、
その音楽の作り方や音の種類、聴き方や楽しみ方などの特徴をひとまとめにして、
「ロック」というジャンルにした。

だとしたら、ボーカロイドも立派なジャンルなのかもしれません。
ロックやテクノとは違い、音の種類にひとまとめの特徴はないけれど、
作り方や楽しみ方という視点で見れば、少なくともボーカロイドっていうジャンルはあるべきなんだろうな
と、考えを改めました。

新しい音楽は「遊び場」から産まれる

著者は、ロックもテクノもヒップホップも、
全ては当時の若者たちの「遊び場」から産まれたと述べています。
そしてその上で、ニコニコ動画ボーカロイドにとっての遊び場だったとしています。

遊び場なので、誰もお金儲けのこととかを考えていない。
純粋に「楽しい」から音楽を作るし、そこで音楽を聴く。
誰かが曲を作ると、「あ、そういうのもあるんだ」と思って、
別の誰かがまた別の曲を作ったり、イラストを描いたり、動画にしたりする。

当時、たぶん音楽業界の人たちはボーカロイドをオモチャとしか思っていなかったと思いますが、
2007年当時、実際にほとんどの人はボーカロイドを使って遊んでいたんだから、それもそのはずです。
何をやっても良かったし、
だからこそ「これは面白い」はあっても、「これは流行る」みたいなのはあまり無かった。

そしてそういう何でもありな遊び場を作るために、クリプトンが何をしたのか。
この辺のことも本書には結構詳しく書いてあって、それもそれですごく面白い内容でした。

ミク発売から数ヶ月でピアプロができて、さらに数ヶ月で(公式じゃないですが)MMDができる。
こういうスピード感も当時はあまり意識していませんでしたが、
改めて本で読んでみるとすごいなと思うところがありました。

初音ミクがムーブメントになるための2つの土壌

初音ミクがこれだけのムーブメントになったのには、
その当時に2つの土壌ができていたからだと本書では述べられています。

1つは、音声合成技術の発展という技術的な土壌
そしてもう1つは、同人音楽という土壌です。

技術的な話の方はまぁ置いといて、個人的には同人音楽の話がちょっと面白かった。
というのも、同人音楽って、つまり東方projectのことだからです。
東方という土壌があったからボカロは流行った。

さらに言えば、こちらはもはや言うまでもないのかもしれませんが、
ボカロが流行った背景として、アイドルマスターがもたらしたMADの文化も欠かせない。
今でもボーカロイドを使う作曲家が「○○P」と呼ばれるのはアイマスの影響だし、
毎年開催されているボカロ専門の即売会ボーマスこと「VOC@LOID M@STER」なんて、
名前からしてどう見てもアイマスの影響を受けています。

ニコニコ動画ではこれらは当時「御三家」と呼ばれ、
「これだから東方厨は…」とか「ボカロ厨うざい」とか言いあってましたが、
ボカロは東方とアイマスが作ってくれた土壌があってこそ成り立っているというのは、
個人的に面白い話でした。

初音ミクが変えたこと

本書のタイトルでは初音ミクが世界を変えたことになっていますが、
具体的に何を変えたのかというと、個人的には大きく2つだと思います。

1つは既に述べましたが、「無料で聴ける音楽に対してお金を払う」という形を確立したこと。
そしてもう1つは、「ボーカルではなく、作曲者や演奏者で音楽を選ぶ」という形を確立したことです。

初音ミクの曲だから聴く」という人は、もはやほとんどいないと思います。
「○○Pの曲だから聴く」「○○さんがギターやってるから聴く」
という、ボカロ以前はコアな音楽ファンしかやっていなかったような聴き方を、
一般の中高大学生がするようになった。
これはすごいことだと思います。

初音ミクという同一のソフトを使うことで、否応なしに作曲者にフォーカスせざるを得なくなった、
という構造はもちろんあると思いますが、原因よりも結果。
作詞・作曲・編曲・演奏etcという、今まで音楽の主役じゃなかった人たちに注目するようになったのは大きな変化で、そしてそれはボーカロイドだけに留まっていない。

「あのバンドがこうなったのはコバタケプロデュースの影響かな?」とか、
「ヤスタカが好きならこういうのも好きなんじゃない?」とか。

私見ですが、こういう聴き方というか考え方って、物事の本質を掴むために必要な考え方だと思います。
表面に見えている顔だけじゃなくて、その裏には何があるのか。
音楽だけじゃなくて、いろんなことについてこういう考え方をできるようになれば、
それってすごく良いことだと思うし、そういう視点を普通の学生にもたらしたことは、
ボカロがもたらした一番大きな変化じゃないかなぁと思うんです。

メルトからODDS&ENDS、カゲプロ

本書では、初音ミク発売直後の「ミクのキャラソン」から、
「メルトショック」によるミクのシンガー化。
さらに「ODDS&ENDS」で初音ミクのブームは終わりを迎え、
今は確立したボーカロイドという1ジャンルの中で、「カゲプロ」というムーブメントが起こっているという、
ボーカロイド楽曲の辿ってきた歴史みたいなものも、ざっと触れられています。

この辺もニコニコを当初から見てきた身としてはすごく面白いんですが、
個人的に最近思うのが、既存のポップミュージックがボカロの真似をしているということです。

BPMの高さもそうですし、MVに歌詞をデカデカと表示する手法もそうですが、
もともとはニコニコ動画ボーカロイドの特性(飽きやすい、歌詞を聞き取りにくい)を補うために産まれたものなのに、それを既存の音楽が取り入れるっていうのはどうなんだろう?とは正直思います。

まぁいい面も悪い面もあるので一概にはなんとも言えませんが、
これもテクノの四つ打ちをロックが取り入れたとか、そういうものの一種なんでしょうかね?

まとめ

60年代から続く音楽の流れや、ニコニコ動画周りの文化的な話、
また、初音ミクはキャラクター先行のブームじゃなくて、もっと本質的な、
クリエイターにスポットライトがあたるきっかけとなった音楽史上の重要なイベントなんだという話など、
色々と面白い話が満載な本でした。

僕がこれまでなんとなく思っていたことが言葉にされていたり、
具体的に当時聞いていた楽曲の話も出てきたりして、個人的にもすごく面白い内容でした。

最後ですが、本書には、

60年代、80年代の音楽史上の大きな変化は、どちらもアメリカ西海岸で起こった。00年代の変化が日本で起こったのはすごいことだ。

という話や、

グローバル化によって音楽も世界で画一化が進む(アメリカで何かが産まれると、オーストラリアでも似たようなのが流行る等)中、日本だけが逆行して多様化が進んだのは面白い。

という話も載っています。

これは実際面白いことだと思います。
ただ、今のボカロ界隈って、個人的にはすごく画一化してるなぁとも思います。
ニコニコが「遊び場」から「市場」になって、大衆化されたものが多く、またプッシュされるようになった。

初音ミクは世界を変えましたが、初音ミク自身もまた、この数年で大きくその意味が変わりました。
変わった後の世界で、変化を元に戻さないためにはどうすればいいのか。
「割と長いこと続いたブーム」で終わらせないためには、初音ミクがもたらした変化の本質を見極め、
音声合成ソフトがもたらした音楽のジャンル的な変化ではなく、
もっと大きな構造的な変化にまで進めていく必要があるんじゃないかと思います。

そしてそうなったら、初音ミクは今のような音声合成ソフトとしてではなく、
変化をもたらした大きな流れの、最初の要素としてのアイコンになるんじゃないか、
と思ったりしています。


終わり。